おのおの風をさける所、 暴風雨をのがれる所のようになり、 かわいた所にある水の流れのように、 疲れた地にある大きな岩の陰のようになる。
あなたは貧しい者のとりでとなり、 乏しい者の悩みのときのとりでとなり、 あらしをさける避け所となり、 熱さをさける陰となられた。 あらぶる者の及ぼす害は、 石がきを打つあらしのごとく、
わたしは、かわいた地に水を注ぎ、 干からびた地に流れをそそぎ、 わが霊をあなたの子らにそそぎ、 わが恵みをあなたの子孫に与えるからである。
ひとりのみどりごがわれわれのために生れた、 ひとりの男の子がわれわれに与えられた。 まつりごとはその肩にあり、 その名は、「霊妙なる議士、大能の神、 とこしえの父、平和の君」ととなえられる。
万軍の主は言われる、 「つるぎよ、立ち上がってわが牧者を攻めよ。 わたしの次に立つ人を攻めよ。 牧者を撃て、その羊は散る。 わたしは手をかえして、小さい者どもを攻める。
野の獣はわたしをあがめ、 山犬および、だちょうもわたしをあがめる。 わたしが荒野に水をいだし、 さばくに川を流れさせて、 わたしの選んだ民に飲ませるからだ。
わたしは裸の山に川を開き、 谷の中に泉をいだし、 荒野を池となし、かわいた地を水の源とする。
それゆえ、主はみずから一つのしるしをあなたがたに与えられる。見よ、おとめがみごもって男の子を産む。その名はインマヌエルととなえられる。
主よ、わたしをわが敵から助け出してください。 わたしは避け所を得るために あなたのもとにのがれました。
御使はまた、水晶のように輝いているいのちの水の川をわたしに見せてくれた。この川は、神と小羊との御座から出て、
確かに偉大なのは、この信心の奥義である、 「キリストは肉において現れ、 霊において義とせられ、 御使たちに見られ、 諸国民の間に伝えられ、 世界の中で信じられ、 栄光のうちに天に上げられた」。
祭の終りの大事な日に、イエスは立って、叫んで言われた、「だれでもかわく者は、わたしのところにきて飲むがよい。
わたしは公平を、測りなわとし、 正義を、下げ振りとする。 ひょうは偽りの避け所を滅ぼし、 水は隠れ場を押し倒す」。
神よ、あなたはわたしの神、 わたしは切にあなたをたずね求め、 わが魂はあなたをかわき望む。 水なき、かわき衰えた地にあるように、 わが肉体はあなたを慕いこがれる。
あなたはわたしの隠れ場であって、 わたしを守って悩みを免れさせ、 救をもってわたしを囲まれる。〔セラ
いと高き者のもとにある 隠れ場に住む人、全能者の陰にやどる人は
見よ、神はわが救である。 わたしは信頼して恐れることはない。 主なる神はわが力、わが歌であり、 わが救となられたからである」。
「相はかって、事を定めよ。 真昼の中でも、あなたの陰を夜のようにし、 さすらい人を隠し、 のがれて来た者をわたさず、
見よ、わたしは新しい事をなす。 やがてそれは起る、 あなたがたはそれを知らないのか。 わたしは荒野に道を設け、 さばくに川を流れさせる。
主は言われる、見よ、わたしがイスラエルの家とユダの家に約束したことをなし遂げる日が来る。
われわれが鼻の息とたのんだ者、 主に油そそがれた者は、彼らの落し穴で捕えられた。 彼はわれわれが「異邦人の中でも その陰に生きるであろう」と思った者である。